琵琶湖タワーのお化け屋敷の真相と跡地の今!最新情報も!

夕暮れの琵琶湖タワー(巨大観覧車イーゴス108のシルエットとお化け屋敷スリラー館)から、青空の下で賑わう現在の跡地施設「レイクウェル堅田」(カインズ、平和堂、無印良品)への時代の変遷を、光の粒子でつないで表現した合成アイキャッチ画像。背景には琵琶湖と琵琶湖大橋が広がる。

こんにちは。RO-KIです。

滋賀県民にとって、かつてのランドマークといえば琵琶湖タワーを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。特に、琵琶湖タワーのお化け屋敷については、今でもネット上で怖いという噂や心霊現象の話題が絶えません。あのアトラクションの正体は何だったのか、そして世界一怖いなんて言われる理由は何なのか、気になりますよね。現在は跡地がどうなっているのか、イーゴス108という巨大観覧車はどこへ行ったのかなど、スリラー館やミステリーカーの思い出と共に、現在の最新状況までを私なりに調べてまとめてみました。

  • 琵琶湖タワー内に存在したお化け屋敷の具体的なアトラクション内容
  • ネット上で混同されがちな心霊スポットや都市伝説の真実
  • 解体された巨大観覧車イーゴス108の驚くべきその後の行方
  • 2025年にオープンした跡地の新施設レイクウェル堅田の最新情報
目次

琵琶湖タワーのお化け屋敷の真相とアトラクション

滋賀県のレジャー史を語る上で欠かせないのが、かつて堅田に存在した「琵琶湖タワー」です。当時は県内唯一と言ってもいい本格的な遊園地で、休日になれば家族連れやカップルで大賑わいでした。その中でも、特に記憶に強く残っているのが、あの独特の恐怖感を醸し出していた「お化け屋敷」系のアトラクションですよね。ここでは、当時の記憶を呼び起こしながら、その具体的な内容に迫ります。

スリラー館やミステリーカーが提供した恐怖体験

昭和後期の琵琶湖タワー「スリラー館」内部を再現した、薄暗く不気味な機械仕掛けのお化け屋敷の様子。※画像はイメージです

琵琶湖タワーのお化け屋敷として、今でも語り草になっているのがスリラー館です。これは、自分の足で薄暗い建物内を歩いて進む「ウォークスルー型」のアトラクションでした。昭和後期の遊園地にはよくあるスタイルでしたが、琵琶湖タワーのそれは何とも言えない「薄汚れた不気味さ」が絶妙だったんですよね。入った瞬間に漂うカビ臭いような空気感、ガタガタと音を立てて動く機械仕掛けの人形、そして急に足元を何かが掠めるような仕掛け。現代の最新VRやお化け役に追いかけられるスタイルとは違う、アナログゆえの「得体の知れない怖さ」がありました。私も子供の頃は、あまりの怖さに途中で泣き出しそうになりながら、親の服を必死に掴んで歩いたのをよく覚えています。

もう一つのホラーアトラクションとして忘れてはならないのが、ミステリーカーです。こちらは二人乗りのライドに乗って、レールの上をガタンゴトンと進んでいくタイプでした。自分のペースで歩けない分、暗闇の奥から何が出てくるか分からない恐怖が倍増するんです。急に大きな音が鳴ったり、光る目が迫ってきたりと、視覚と聴覚を刺激する仕掛けが満載でした。このスリラー館とミステリーカーという二大巨頭が、当時の滋賀の子供たちに強烈な印象を植え付け、今の「琵琶湖タワーのお化け屋敷」という検索イメージの核になっているのは間違いありません。さらに、隣接していた甲賀流忍者屋敷や怪獣館なども、どこかミステリアスな雰囲気を放っており、遊園地全体が少しダークでワクワクする不思議な魅力に包まれていました。

閉園後の廃墟化で囁かれた心霊スポットの噂

閉園後、長期間放置され錆びついた琵琶湖タワーの巨大観覧車イーゴス108の夕暮れの様子。背景に琵琶湖大橋が見える。※画像はイメージです

琵琶湖タワーが2001年に閉園した後、実は十数年もの間、シンボルである大観覧車「イーゴス108」を含む多くの施設が、解体されずにそのまま残されていました。国道161号線を走っていると、錆びついた巨大な鉄塊が夕闇に浮かび上がる光景は、滋賀県民なら一度は目にしたことがあるはずです。この「巨大な廃墟」としての期間が非常に長かったことが、お化け屋敷というキーワードを心霊現象やオカルトの噂へと変質させてしまった主な要因だと言えます。「夜になると観覧車が勝手に回っている」「閉鎖されたはずのスリラー館から子供の泣き声が聞こえる」といった、根拠のない都市伝説がネット掲示板などでまことしやかに囁かれるようになりました。

しかし、冷静に振り返ってみれば、これらは閉園後の荒れ果てた姿が人々の恐怖心を煽った結果生まれた妄想に過ぎません。稼働していた当時に凄惨な事故があったわけでもなく、ましてや呪われた場所でもありませんでした。ただ、あの場所を愛していた人々からすれば、かつての賑わいが消え、機械がただ錆びていく姿を見るのは、心霊現象よりもある意味で切なく、怖いことだったのかもしれません。廃墟探索をテーマにした動画などが普及したこともあり、若い世代の間では現役時代の楽しかった遊園地としてではなく、不気味な心霊スポットとして認識されてしまったのは、地元ファンとしては少し悲しい側面でもありますね。現在では完全に解体されていますが、あの「止まったままの巨大観覧車」の姿は、今でも多くの人の記憶に深く刻まれています。

和歌山の廃洋館と混同された都市伝説の真実

琵琶湖タワーのお化け屋敷と誤認されがちな、和歌山県に実在する明治時代の廃洋館(通称:旧由良山荘)の外観。※画像はイメージです

インターネットの普及は便利な反面、誤った情報を瞬時に拡散させてしまう怖さもあります。実は「琵琶湖タワーのお化け屋敷」で検索すると、海外のサイトや日本のまとめ記事などで、非常に立派で不気味な洋館の画像が出てくることがあります。しかし、これらは決定的な間違いなんです。その洋館の正体は、和歌山県に実在する廃墟(通称:旧由良山荘)であり、琵琶湖タワーとは何の関係もありません。なぜこのような混同が起きたのかというと、どちらも日本を代表する有名な「廃墟(Haikyo)」として、英語圏のコミュニティで同時に紹介されたことが発端のようです。情報が伝達される過程で、「滋賀の巨大観覧車がある廃墟」と「和歌山の怖い洋館」がごっちゃになってしまったんですね。

YouTubeやSNSで「琵琶湖タワーの潜入動画」として紹介されている映像の中には、実際には和歌山や他の県の廃墟を撮影したものが稀に含まれています。特に古い明治・大正風の建物が映っている場合は、ほぼ間違いなく琵琶湖タワーではありません。当時のスリラー館はもっと現代的な、いわゆるプレハブ風の建物でした。

このように、一つの有名なキーワードに別の場所の刺激的な情報が吸い寄せられてしまう現象は、ネット社会ではよくあることです。情報の正確性を担保するためには、やはり当時を知る地元の声や、正確な記録を辿ることが重要です。私がこうして記事にまとめているのも、せっかくの思い出が誤った都市伝説で塗り替えられてほしくないという思いがあるからです。もし皆さんの周りで「琵琶湖タワーってあのお城みたいな洋館でしょ?」と言っている人がいたら、そっと「それは和歌山だよ」と教えてあげてくださいね。

世界一怖い噂の正体と情報の誤りを徹底解明

琵琶湖タワーに関連して「世界一怖いお化け屋敷」というフレーズがヒットすることがありますが、これも言葉の一人歩きによるものです。実際、日本には富士急ハイランドの「戦慄迷宮」というギネス級のお化け屋敷があったり、アメリカには「マッケイミーマナー」という、もはや拷問に近い体験をさせる超激辛お化け屋敷が存在したりします。検索ユーザーが「お化け屋敷」について調べているうちに、かつての有名スポットである琵琶湖タワーと、これら現代の過激な施設の情報が混同されてしまったのでしょう。琵琶湖タワーのスリラー館は、決して「命の危険を感じる」ようなタイプのものではなく、昭和の家族連れが「キャーキャー」言いながら楽しむための、微笑ましいアトラクションでした。

また、一部では「あまりに怖すぎて失神者が出たため閉鎖された」といった過剰な尾ひれがついた噂もありますが、これも事実ではありません。琵琶湖タワーが閉園したのは、あくまでレジャーの多様化や競合施設の出現、経営難といった社会的な理由によるものです。お化け屋敷が怖すぎたから潰れた、なんてことはあり得ません。ただ、こうした大げさな噂が広まること自体、それだけ琵琶湖タワーが多くの人に関心を持たれ続けている証拠とも言えますね。もし本当に「世界一怖い」体験をしたいのであれば、それは現代の最新鋭施設に譲るべきですが、あの琵琶湖のほとりにあった「どこか懐かしく、少し不気味な手作り感満載の恐怖」は、当時の私たちにとってはある意味、どんな最新施設よりも心に残る「世界一の思い出」だったのかもしれません。

世界最大級だったイーゴス108と遊園地の歴史

1990年代の最盛期、多くの家族連れで賑わう琵琶湖タワー遊園地の全景。巨大観覧車イーゴス108と琵琶湖が青空の下に広がる。※画像はイメージです

琵琶湖タワーを語る上で、お化け屋敷以上に外せないのが巨大観覧車イーゴス108です。1992年に誕生したこの観覧車は、高さが108メートルあり、当時は世界一の高さを誇っていました。名前の由来は、108メートルという数字と、逆から読むと「すごーい(SUGOI)」になるという、遊び心満載のネーミング。琵琶湖大橋のたもとに位置していたため、橋の上から見る巨大な円形は、まさに滋賀の発展を象徴する景色でした。当時、滋賀県民だけでなく京都や大阪からも、この「世界一」を一目見ようと多くの観光客が詰めかけたものです。琵琶湖大橋周辺の歴史や地理的な特徴については、こちらの琵琶湖一周の距離や琵琶湖大橋の役割を解説した記事でも触れていますが、まさにあのエリアの「顔」だったんですよね。

イーゴス108の驚きのスペック

  • 高さ:108.0メートル
  • 直径:100.0メートル
  • ゴンドラ数:64台(1台6名乗り)
  • 一周の所要時間:約15分
  • 完成当時の地位:世界一高い観覧車

琵琶湖タワー自体の歴史を遡ると、1965年の開業から2001年の閉園まで、約36年間にわたって営業していました。初期の頃はまだ小さな遊園地でしたが、徐々に規模を拡大し、最盛期にはドラゴンコースターや大空中ブランコなど、数多くのアトラクションが並んでいました。しかし、1990年代後半になるとUSJの開業や、長引く景気の低迷、さらに少子化などの影響を受け、徐々に客足が遠のいていきました。最後の日、多くのファンが別れを惜しんで訪れた光景は、滋賀のニュースでも大きく取り上げられました。お化け屋敷という小さな施設から始まった恐怖の思い出も、この巨大な観覧車が紡いだ壮大な歴史の一部なんです。今ではもうあの回転を見ることはできませんが、滋賀が「世界一」を目指したあの情熱は、今も私たちの心の中に生き続けています。

琵琶湖タワーのお化け屋敷跡地の再開発と最新情報

かつて子供たちの叫び声や楽しそうな笑い声が響いていた琵琶湖タワーの跡地。閉園から長い年月が経ち、その土地が今どうなっているのかは、地元の方だけでなく遠方に住む元利用者にとっても大きな関心事ですよね。実は2025年、この場所は「過去の面影」を完全に脱ぎ捨て、新しい時代のランドマークとして劇的な進化を遂げました。ここでは、跡地の変遷と、今まさに注目を集めている最新スポットについて詳しくお伝えします。

イズミヤ堅田店の閉店から現在の更地までを辿る

遊園地としての営業を終えた後、跡地の大部分を引き継いだのは「スーパーセンターイズミヤ堅田店」でした。2005年にオープンしたこの商業施設は、堅田周辺の住民にとって無くてはならない生活拠点となりました。特筆すべきは、商業施設が稼働している間も、すぐ隣にあのイーゴス108が解体されずに鎮座していたことです。買い物カートを押しながら、見上げれば動かない巨大な観覧車がある。そんな日常風景は、日本中探してもここ滋賀の堅田にしかなかった非常に珍しい光景でした。当時の滋賀県民にとっては、廃墟としての怖さよりも、もはや「あって当たり前の風景」として受け入れられていた面もありますね。

しかし、時の流れは残酷なもので、建物の老朽化や周辺の競合他社との厳しい争いもあり、イズミヤ堅田店は2023年1月9日に閉店の日を迎えました。私も閉店セールに足を運びましたが、棚が空になっていく様子は、琵琶湖タワーが閉園した時と同じような切なさを感じました。閉店後、建物はほどなくして重機によって取り壊され、一時期は広大な更地が広がる状態となりました。かつてお化け屋敷があった場所、観覧車の足元だった場所が、何もないまっさらな地面に戻ったのを見て、「これで本当に琵琶湖タワーの歴史が終わったんだな」と実感した人も多かったはずです。しかし、この更地は「終わり」ではなく、次なる大きなステップへの「準備」だったんです。

2025年開業のレイクウェル堅田と新店舗

2025年に琵琶湖タワー跡地にオープンした複合商業施設「レイクウェル堅田」。カインズ、平和堂フレンドマート、無印良品の店舗が並び、多くの買い物客で賑わっている。画像引用:都市商業研究所

そして2025年、更地となった跡地は驚きの変貌を遂げました。新しく誕生した施設の名称は「Lake Well Katata(レイクウェル堅田)」です。ここは単なるスーパーではなく、複数の大型専門店が集結した複合商業モールとして設計されています。かつて遊園地が提供していた「ワクワク感」を、現代的な「暮らしの豊かさ」という形で再定義したような場所ですね。琵琶湖大橋からのアクセスも良好で、週末には県内外から多くの人が訪れる、新しい賑わいの中心地となっています。琵琶湖そのものの成り立ちや大きさを知ると、この場所がいかに特別な立地にあるかが分かります。興味がある方は、こちらの琵琶湖の広さや水量を比較した記事も合わせて読むと、琵琶湖という巨大な存在のほとりで開発が進むダイナミズムを感じられるかもしれません。

レイクウェル堅田の施設概要
項目 詳細データ
所在地 滋賀県大津市今堅田三丁目
主要テナント カインズ、フレンドマート、無印良品
オープン日 2025年11月12日(グランドオープン)
特徴 大津市内初のカインズ、地域密着型平和堂の融合

レイクウェル堅田は、ただのショッピングセンターではありません。敷地内には琵琶湖を一望できるスペースや、散策路なども整備されており、かつてこの地を彩った琵琶湖タワーの「開放感」を引き継いでいるように感じられます。お化け屋敷の跡地が、これほどまでに明るく、清潔感あふれるモダンな空間に生まれ変わるとは、20年前の誰が予想できたでしょうか。歴史は繰り返すと言いますが、堅田の地は今、再び新しい活気に包まれています。

大津初出店のカインズや無印良品の出店計画

今回の再開発において、最も大きな目玉となったのが、ホームセンター最大手のカインズ(CAINZ)の大津市内初出店です。これまで大津市民がカインズへ行こうと思うと、草津や彦根まで足を伸ばす必要がありましたが、ついに堅田の地に誕生しました。売場面積も非常に広く、カインズならではのおしゃれで機能的なオリジナル商品がフルラインナップで揃っています。特にDIYコーナーやペット用品、キッチン雑貨などは、オープン直後から多くの買い物客で溢れかえっています。かつて琵琶湖タワーでお化け屋敷のスリルを楽しんだ世代が、今ではカインズで家のリノベーションやインテリア選びを楽しんでいる。そんな世代の移り変わりを感じて、なんだか感慨深いものがありますね。
(出典:PR TIMES 『カインズ 堅田店2025年11月12日(水)グランドオープン!』

また、ライフスタイルブランドとして圧倒的な支持を誇る無印良品も同じ敷地内に並びます。無印良品が入ることで、施設の雰囲気は一気に洗練されたものになりました。高品質な衣類から食品、家具に至るまで、シンプルな暮らしを提案する無印の存在は、堅田エリアの生活水準を一段引き上げてくれるような気がします。かつてのお化け屋敷跡地という、少し「尖った」記憶がある場所に、これほどまでに落ち着いた、万人受けするブランドが並ぶ。その対比が面白いですよね。無印良品のカフェスペースなどで琵琶湖を眺めながらコーヒーを飲んでいると、ふと「あそこに大きな観覧車があったんだよなぁ」と、タイムスリップしたような気分になることがあります。新しいものと古い記憶が交差する、本当に魅力的なスポットになりました。

平和堂フレンドマートが支える地域の利便性

滋賀県民の心の拠り所と言えば、やはり「平和堂」ですよね。今回のレイクウェル堅田には、平和堂が運営する食品スーパーフレンドマート今堅田店も入っています。イズミヤが閉店してからというもの、近隣住民の方々は毎日の食料品の買い物に苦労されていたという話も聞いていましたから、フレンドマートの開店はまさに待望の出来事でした。特筆すべきは、単なるスーパーとしてだけでなく、地元の農産物コーナー「はとっぴー便」などが充実しており、地域密着型の姿勢が色濃く出ている点です。堅田の地で育った野菜が、かつての遊園地跡地で売られている。これこそ、本当の意味での「地域の再生」と言えるのではないでしょうか。

施設内には、平和堂おなじみの休憩スペースや、地元の情報発信コーナーもあり、買い物ついでにホッと一息つける空間が用意されています。かつての琵琶湖タワーが「ハレの日」の特別な場所だったとすれば、今のフレンドマートは「ケの日」の日常を支える大切な場所。形は違えど、どちらも地域の人々にとって無くてはならない存在であることに変わりはありません。私も時々ここで買い物をしますが、店員さんの元気な挨拶を聞くと、この場所が持つ「人を集める力」は、琵琶湖タワーの時代からずっと引き継がれているんだなと感じます。お化け屋敷のようなスリルはありませんが、ここに来れば、温かくて安心できる「今の滋賀」の良さを再確認できるはずです。

ベトナムに移設された伝説の観覧車の現在

かつての琵琶湖タワーの観覧車イーゴス108が、ベトナム・ダナンの「サン・ホイール」として移設・再稼働し、夜間ライトアップされている様子。※画像はイメージです

琵琶湖タワーの物語は、滋賀県の中だけで完結しているわけではありません。シンボルであった大観覧車「イーゴス108」には、信じられないような続きがあるんです。2013年、長らく放置されていたイーゴス108がついに解体されるというニュースが流れた時、多くの県民は「ついに廃棄されてしまうのか」と肩を落としました。しかし、事実は違いました。なんとこの観覧車、海を越えてベトナムのダナンへと運ばれたのです。ダナンの大型テーマパーク「サンワールド・ダナン・ワンダーズ(旧アジアパーク)」の目玉として再就職を果たしたんです。名前も「サン・ホイール(Sun Wheel)」と改められ、今ではベトナムを代表するランドマークの一つとして、毎日元気に回っています。

現在のイーゴス108(サン・ホイール)は、かつての白い姿から情熱的な赤い色に塗り替えられ、夜になると数万個のLEDライトによって眩いばかりに輝きます。ダナンの街中どこからでも見えるその姿は、かつて琵琶湖のほとりで放っていた輝き以上のものかもしれません。実は、琵琶湖タワーの元社長である吉田茂さんが、「この素晴らしい機械を二度と動かないスクラップにしたくない」という執念で、閉園後も私財を投じてメンテナンスを続けていたそうです。その想いが実を結び、異国の地で再び多くの子供たちの笑顔を作っている。これほど感動的な「後日談」があるでしょうか。お化け屋敷に怯えた日々、観覧車で見上げた琵琶湖の景色。私たちの思い出の一部が、今も地球のどこかで回り続けている。そう思うと、なんだか勇気が湧いてきますよね。

琵琶湖タワーのお化け屋敷の記憶を次世代へ

さて、ここまで「琵琶湖タワー お化け屋敷」というキーワードを入り口に、過去の恐怖体験から驚きの再生劇、そして最新の2025年再開発情報までを網羅してきました。いかがでしたでしょうか。あのお化け屋敷は、今ではもう存在しませんが、私たちが語り継ぐことで、それは消えない思い出としての価値を持ち続けます。スリラー館で必死に耐えた恐怖も、今となっては友人や家族と笑って話せる素敵なエピソードです。そして、その跡地に誕生した「レイクウェル堅田」が、これからの世代にとっての新しい「思い出の場所」になっていく。そんな循環が、滋賀という土地の持つ豊かさなのだと私は思います。

この記事の重要なまとめ

  • 琵琶湖タワーのお化け屋敷は「スリラー館」や「ミステリーカー」という名称だった
  • ネットの怖い画像の一部は和歌山の廃墟との混同であり、事実ではない
  • 2025年秋、跡地にはカインズや無印良品、平和堂が入る「レイクウェル堅田」がオープン済み
  • 伝説の観覧車イーゴス108は現在、ベトナムで「サン・ホイール」として活躍している

琵琶湖タワーのお化け屋敷を懐かしむ気持ちは、地元愛そのものです。新しい施設でお買い物を楽しみながら、ふと空を見上げて、かつてそこにあった巨大な観覧車や、少し不気味で楽しかった遊園地の姿を思い出してみてください。滋賀の街は、そうやって古い記憶の上に新しい幸せを積み重ねていく場所です。これからも、この「滋賀県でごくろーさん」では、地元の面白い歴史や最新の情報を発信していきますので、ぜひまた遊びに来てくださいね。最新のテナント情報や営業時間などは、レイクウェル堅田の各店舗公式サイトで確認して、ぜひ実際にお出かけしてみてください!

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